読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

スクリーンの誘惑

見た映画の記録を関係ないような雑感といっしょに。

「ムーンライト」

 自分はストレート(異性愛者)だという確固たる自信は、どのようにしたら生まれて、いくつになったら確定するのだろう。

 

 私は男性としか付き合ったことがないし、キスもセックスも男性としかしたことがない。好きになったのも男性だけだ。

 でも女性とも付き合えるとも思っている。好きになるような相手と出会わなかっただけで、たぶん女性ともセックスできる。きっと好きだったら、したい。

 男性だって、そういう相手と出会わなければ、一生恋愛なんてしなかったのかもしれない。それと一緒じゃないか。

 

 でも一般にストレートの人というのは、そういう感覚自体がないのか、それともみんな多少のぐらつきはあるのか、わからない。

 自分の性認識に関してはぐらつきは一切ないが、恋愛対象についてはわずかだけど疑わしくはある。そういうぐらつきは、なにかがあれば解消されるのか。この歳までこうならこう、と決まるものなのか。

 別に悩んじゃいないけど、生きていくうえでちょっとした不思議ではある。

 

 同性愛の始まりも、きっと最初はぐらつきなんだろうな、と思う。

 人に言われて認識し始めるのか、徐々に違和感を覚えていくのかは人それぞれだろうけど、この映画の同性愛の始まりは、知らないなりに自然なように見えた。

 まぁだけど、よく考えたら目新しくはないよね。ちょっとした一言で意識したり、「あのひとのことが好きなのかも」と思ったり、会いたくなったり。同性愛か異性愛かでなにか急激に目新しくなるわけじゃないよね。どちらも普通の恋愛なのだから、当然と言えば当然だけど。

 

 だけど、決定的に裏切られた人を許せるのか。好きだからこそ、絶対に守ってほしいときはある。超えてはいけないラインはある。

 十何年(もっと?)経ったからって、再会しようと思えるのか。なんでもないひとを嫌いになるより、大好きな人を大嫌いになる方がずっと簡単でしょう?好きだったからこそ、もうだめなんじゃないのか。

 腑に落ちない思いの方が強く残っている。

 

moonlight-movie.jp