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スクリーンの誘惑

見た映画の記録を関係ないような雑感といっしょに。

ピザポテト事件

 なんと、ピザポテトがなくなるんですって!

 しょっちゅうポテチを食べるわけではないが、買うときはいつもピザポテトだ。ポテチのなかでもジャンキー感を上乗せしたようなピザポテトが大好き。なくなってしまうなんて、オレオ以来のショックだ。

 

 オレオのときはちょっとした買い占め行動に走ったが、今回も頑張らなきゃいけない。(販売終了後に見つけた在庫を端から買ったくらいだけどね。)

 ただ、買い占めの問題は、家にあるとなんだかんだで食べてしまうことだ。

 「いつか食べよう」の「いつか」が早々に来る。家にあると我慢できないの、なんとかしたい。

 

 こんなだから、ダイエットが成功したためしはない。痩せたときは、強制的に生活習慣が変わったとか、過度のストレスを感じていたとかだ。意図的に痩せられたことはない。

 大食いまでいかないけど、お酒を飲むと延々食べる。そして食べたいものを我慢できない。

 こないだも帰りに寄ったスーパーで、北海道フェアをやっていた。つい我慢できなくて、マルセイバターサンドを買ってしまう。これも大好きなの。おいしいよね。いかにも高カロリーそうな濃厚さがたまらない。一昨日の夜なのに、もう食べきっちゃった。

 

 あぁ、今日だったら真っ先に浅田真央ちゃんの話題が来るはずなのに、ピザポテトが先に来てしまう私。食い気からは逃れられないみたいです。

始まりの1週間

 なんともストレスの溜まる1週間だった。

 新社会人の人も大変だったでしょう。いきなり月曜スタートで週5日働かなきゃいけないなんて、私なら週明けに熱を出しちゃいそう。

 新社会人になるって思い出深いことのはずなのに、自分のときは何曜日スタートだったとか、細かいことがもうすっかり思い出せない。

 新社会人で入った職場は年度切替が地獄のように忙しいところで、先輩方がみんな残業しているなか、帰っていいのか迷いながら帰ったことだけは覚えている。

 辞める頃には相当ふてぶてしくなって、先輩や上司が全員残っていようと定時で帰るし有休も使うようになっていた。

 良くも悪くも業務内容は孤独だったので、自分の仕事が終われば帰るし、終わらなければ一人で残る。チームで働いてたらそうはいかないんだろうなぁ。

 

 今週はやたらといらいらして、家に帰っても休みでも思い出してはいらいらしていたが、チーム仕事の大変さを思ったら気持ちが落ち着いてきた。

 やったことはないけれど、きっと決定的に向いていない。一人仕事の方がずっと好きだ。融通の利かないやつとか、こだわりの強いやつとか、ものすごく適当なやつと一緒にやらないと仕事が進められないなんて耐えがたいことだ。

 こういう協調性のない女と働くのは、相手も大変だろうし。

 

 さて、明日は始発で家を出なければならない。本当は寝る予定だった時間はもう過ぎている。今週のいらいらに支配されるよりは、ペット禁止の我がマンションの隣室から聞こえるペットの鳴き声のようなものが何の動物なのか考えるようにしよう。

出逢うのが遅すぎた

 先週深夜に服を捨て始めたきっかけは、雨宮まみさんのブログを読んだからだ。

 適当に持っているものを捨ててお気に入りに囲まれて生きようとすることはいつだってできる、と言うから、つい影響された。

 

 雨宮まみさんはライターで、私はつい最近彼女のことを知った。

 能町みね子さんが好きで、ツイッターを見始めたら、最近やたらと北条かやさんの本に関して怒っていた。何のことだろうと好奇心で調べて、雨宮まみさんに行き着いた。

 揉め事に関しては、ここまでに出た名前を検索すればわかるから、ここでは触れない。とにかくそれがきっかけだった。

 

 彼女のブログを読んで、恋愛の苦しさの描写に感動した。こんなにも私の感じる恋愛の苦しさを描写してくれた人はいない。言葉の仕事をしたいにも関わらず、うまく表現できないままだったものを表してくれた。そのどんぴしゃりにも感動したし、そうやって人を愛することは世に外れていないと、少なくともひとりぼっちではないと思わせてくれた。

 彼女の言葉を見つけてはちまちま読んでいる。文章の中に溜まる澱のようなものを、ゆらゆら揺らしながら眺めているような感覚が好きだ。

 だけど悲しいことに、彼女はもうこの世にいない。昨年亡くなったそうだ。遺した言葉をかき集めて全部読んだら、もう続きはない。それが怖いから、合間に関係のない本を読んだりして、終わりを先延ばしにしている。

 

 出逢うのが遅すぎたなんて言葉は、そこらへんにありふれた不倫に使うと安っぽいけれど、亡くなった方に対して使うときは本物だ。

女のプライド

 夜中に思い立って服を捨てた。

 お気に入りだったけど毛が擦れてしまったベージュピンクのコートとか、まだ着られるけど襟がよれてしまったセーターとか、持っていても結局選ばない物たちだ。

 あっという間に45ℓのごみ袋がいっぱいになって、迷って捨てるに至らなかった服たちがまだ残っている。

 物も減らしたい。学生時代の教科書はもったいないから実家に送ろう。1年前まで大好きだったミュージシャンのグッズも一緒に。母には申し訳ないけれど、今日のところは実家を物置にさせてもらおう。まだ私の部屋もあることだし。

 

 いまの部屋に引っ越したのは半年前。最初から収納が足りず、目に付く場所に物が溢れているのが不満だ。二人部屋から一人部屋に移ったので当然ではある。でも人数だって減っているのだから、物の量も比例していいはずなのに、そういうものではないらしい。不思議だ。

 

 近々、昔ちょっと好きになった人に会いそうなのだ。会うと言っても約束をしている訳ではない。いつ会ってもおかしくない環境になるということだ。

 それが今夜のきっかけではないけど、よれたセーターを捨てた理由ではある。三十路にもなってこんなことを考えるのは恥ずかしい。

 ちょっと好きだったというのは嘘じゃない。本気になった人を忘れるための繋ぎ。だけどちょっと好きだった。そういうこともあるでしょう。・・・これじゃ言い訳っぽいなぁ。

 よれたセーターを着たくないのは、恋愛感情ではなくて、女のプライドだ。

 

 そんなことを考えていたら、あっという間に深夜3時。明日は会社員なのに、起きられるかしら。

女子力を考える

 平日の昼間だから余裕だと思っていたら、お子さまのいる家庭は春休みなんですね。

 映画館に向かう道中すでに嫌な予感はしていたものの、どうせSINGとかドラえもんとか見るんでしょ。と思っていたのに、まさかの『彼らが本気で編むときは、』が満席。いったいこの溢れる親子連れは何番シアターに消えるんだ…

 夜まで出かけるつもりで家を出たので帰る気にもならず、いつも夕方には並んでいる二子玉川のおしゃれカフェでランチ。マダムが多いですねぇ…。

 

 集団の二子玉川マダム達は総じて女子力が非常に高い。

 「女子力」という言葉は曖昧な割にものすごく浸透している。わかりやすい女らしさ、くらいの意味で捉えていたが、最近は「女の集団の中で生き抜く力」ではないかと思う。

 先週『愚行録』について書いたが、あれなんかまさしくこの女子力の話だ。夏原さん(殺された一家の奥さん)の女子力は異常である。

 補足するなら、女の集団に属する力・序列を察知する力・欲望の実現のために序列を利用する力。そして、女の集団に属することに価値を見出す力。この4つの複合体が私の思う「女子力」だ。

 二子玉川マダムも悩んでいるかもしれない。でも現にその集団に属してランチをしているんだから、価値は感じているんでしょう。

 

 私はこの「女子力」がかなり低い。学生時代は感じなかったのに社会人になってから苦しむとは思わなかったが、そのあたりはまた次の機会に。

 隣の二子玉川マダムのグループを眺めて圧倒的な壁を感じつつも、こちらはこちらでいいものですよ。そろそろ二子玉川マダムへの転身は無理そうですし。

「愚行録」

 ストーリーは、週刊誌の記者が1年前の一家殺人事件を追うため、被害者と生前繋がりのあった人々に取材をしていく形で展開する。人間過去をつつかれれば綺麗なばかりではないけれど、残酷なくらいだ。

 

 冒頭から、殺された夫の同僚男性の回想の中で、男たちは女を踏みにじる。性と人間をあわせて。吐きそうになるくらいの嫌悪感だ。

 傷つけられる女性にも要因はある。でもそれは中学生のいじめのようなもので、要因があれば容認されるというものではない。

 

 男が女を踏みにじるか、女特有かもしれないヒエラルキーの歪みか。エピソードはそれだけなのに、細かく描かれていて、憎しみとか劣等感とか絶望感がグサグサと突き刺さる。

 現実でもいるでしょう。よくこんなに人の心を蔑ろにできるな、と思う人。それをスクリーンで見ているみたいだ。

 

 なんだか、いちばん触られたくない肝の袋にナイフを突き刺されて、でも中身は無駄に頑丈だから破裂はせず、いつ中身が漏れるかわからないずたぼろの袋を抱えて帰らなければいけない気分だ。

 妙に傷ついて、傷を上塗りすれば少しは薄れる気がした。映画の帰りにそこらへんでナンパされて適当に抱かれたらいいと思った。

 ま、そうそうナンパもされず、声をかけてきたのは夜の仕事のスカウトのみ。金銭という目に見える対価があっては、傷としては不十分だ。そればかりが理由じゃないけれど、お断りした。

 

 この映画よかったよ、見た方がいいよ、とは言わない。でも「残る」映画だ。

 映画って、何かを残すために見るんでしょ。何もない上っ面を滑るより、えぐってでも跡があった方がいい。映画を見る意味を思うなら、これほどのものにはなかなか出会えないんじゃないかと思う。

花粉とおじいちゃん

 花粉が猛威を振るっている。目がかゆい、鼻水が出るのは当然の症状として、体がだるい。一日中鼻をかみ続けているせいか、体力まで一緒に流れ出ている気がする。

 毎年花粉症の症状が本格的になった初日に熱が出る。体がアレルギー反応に対処しきれないみたいだ。今年はまだ熱が出ないが、その分熱っぽさがずっと体に留まり続けている感じ。いっそ熱が出てくれた方が楽になるんじゃないかと思う。

 だるいので、やたらと寝てしまう。先日なんか、早々に家に帰り着き、19時前までは記憶がある。でも気づいたら寝ていて、携帯を確認すると深夜1時を過ぎていた。ああ、時間を無駄に過ごしちゃった…気分がよくない。

 しかもこの日、私は荷物の再配達を頼んでいた。指定時間は20時から21時。チャイムの音はまったく聞こえなかった。ああ、おじいちゃんに悪いことしちゃったなぁ…。


 我が家の配達区域は、おじいちゃんが担当している。70にはなろうかという見た目のおじいちゃんだ。このおじいちゃん、指定時間はほぼ毎回守らない。2個口の荷物を1個だけ持ってきて、もう1つはと尋ねると「確認して連絡します」と言ったきり音沙汰がない。玄関チャイムに応答しても名乗らない。(もしくは声が小さすぎて聞こえない。)私はこのおじいちゃんの対応に不満なのだ。

 私は温厚な方ではない。クレームを言ってやろうと思うのだけど、ドアを開けておじいちゃんを見ると、もういっかぁ…という気分になってしまう。今日のところは、届いたし。

 

 少子高齢化により、若者世代の一人当たりの負担は増す一方だ。こうやって働いて自分で生計を立てているおじいちゃんは大切にしなければいけない。多少の遅れや声が聞こえないことなんて、若者世代の負担に比べたら大したことない。

 そう考えるとやっぱり、ああ、おじいちゃんに悪いことしちゃったなぁ…。