スクリーンの誘惑

見た映画の記録を関係ないような雑感といっしょに。

「愚行録」

 ストーリーは、週刊誌の記者が1年前の一家殺人事件を追うため、被害者と生前繋がりのあった人々に取材をしていく形で展開する。人間過去をつつかれれば綺麗なばかりではないけれど、残酷なくらいだ。

 

 冒頭から、殺された夫の同僚男性の回想の中で、男たちは女を踏みにじる。性と人間をあわせて。吐きそうになるくらいの嫌悪感だ。

 傷つけられる女性にも要因はある。でもそれは中学生のいじめのようなもので、要因があれば容認されるというものではない。

 

 男が女を踏みにじるか、女特有かもしれないヒエラルキーの歪みか。エピソードはそれだけなのに、細かく描かれていて、憎しみとか劣等感とか絶望感がグサグサと突き刺さる。

 現実でもいるでしょう。よくこんなに人の心を蔑ろにできるな、と思う人。それをスクリーンで見ているみたいだ。

 

 なんだか、いちばん触られたくない肝の袋にナイフを突き刺されて、でも中身は無駄に頑丈だから破裂はせず、いつ中身が漏れるかわからないずたぼろの袋を抱えて帰らなければいけない気分だ。

 妙に傷ついて、傷を上塗りすれば少しは薄れる気がした。映画の帰りにそこらへんでナンパされて適当に抱かれたらいいと思った。

 ま、そうそうナンパもされず、声をかけてきたのは夜の仕事のスカウトのみ。金銭という目に見える対価があっては、傷としては不十分だ。そればかりが理由じゃないけれど、お断りした。

 

 この映画よかったよ、見た方がいいよ、とは言わない。でも「残る」映画だ。

 映画って、何かを残すために見るんでしょ。何もない上っ面を滑るより、えぐってでも跡があった方がいい。映画を見る意味を思うなら、これほどのものにはなかなか出会えないんじゃないかと思う。

「LA LA LAND ラ・ラ・ランド」

 「夢は諦めなければ叶う」「諦めない人が成功する」という言葉は世間に溢れていて、夢追い人には欠かせない。それは真実でもあるけれど、「物は言いよう」でもある。

 今日を最後に、と決断して区切りを付けた翌日に千載一遇のチャンスが待っていたかもしれない。明日が転機だったかもしれない。
 でもそんなこと、誰にもわからない。言ったらきりがない。止め時がなくなるだけだ。

 一大決心で夢を追っていても、暮らさなければいけない。家賃を払わなきゃ家を追い出されるし、水道光熱費を払わなきゃライフラインが止まる。お金持ちの家に生まれでもしない限り、お金を稼がなければ暮らしていけない。

 区切りを付けなければいけないときは、いつ来たっておかしくない。みんながみんな、成功なんてしない。それが現実だ。

 

 「LA LA LAND」は、主人公のミアちゃんの笑顔が本当に可愛いの!オーディションの前室に綺麗な子が座っていたとしても、にっこり笑ったミアちゃんに敵う女の子なんていないよ。

 恋人になるセブとの出会いは最悪で、意地を張り合いながら恋に落ちるところなんてありがちな少女マンガみたい。でも「少女マンガみたい」の一言で突き放したくないくらい、ときめいてしまう。きっとミアちゃんの笑顔の効果もある。

 ミュージカル映画なので、ストーリーの中で歌って踊る。私は普段かっこつけちゃって、踊ったりするタイプじゃないけど、これを観たら私も踊りたい!踊るのって楽しそう!

 ダンサブルで楽しいけれど、切ない。最後にセブが弾くピアノの音色は、絶対に聴いてほしい。音楽に感情を乗せるって、どうしてこんなに素敵なんだろう。

 叶わない夢もあるなんて現実、きっとみんな知ってる。それでも追いたい夢もある。

 

gaga.ne.jp

「相棒 劇場版Ⅳ」

 私の地元には有名な語り部がいる。地元の小中学生はみな、彼女の話を聞いたのではないかと思う。
 終戦間近の空襲の夜、彼女は幼い娘を背負って逃げた。戦火から逃れようと川に飛び込んだが、B29が油を投下したあとに焼夷弾を落とすものだから、川の表面は火の海となった。
 水に潜ってなんとか逃げた。やっと助かったと思ったとき、背中で娘が亡くなっていた。そこで、彼女は泣いた。
 当時、おそらく戦後50年ほど。戦争の恐ろしさより、彼女の傷の深さに衝撃を受けた。

 「相棒 劇場版Ⅳ」を観ながら頭の中を占めたのはこの話だった。異国の地で戦火から逃げようと走る日本人親子の映像に、語り部の彼女の消えない苦しさを重ねた。
 この映画の根っこには戦争の存在がある。過去の戦争でいまも苦しむ人がいる。きっとこの事実がノンフィクションな世界はあるんでしょう。

 そんな真面目なことはいっさい考えなくても、この映画はおもしろい。相棒ファンの期待に応える劇場版だ。
 ただひとつ気になるのは、副総理、むかし犯人役やってなかったっけ?
 神奈川県警の警察官のふりをする誘拐犯グループのボス。確か同じ俳優さんじゃなかったかしら。
 ま、そこが気になったのも最初だけで、すぐにそんなことはどうでもよくなりました。

 ところで、語り部の彼女は、もう亡くなっているのです。彼女にとって私は大勢の小中学生の中の一人で、私も彼女の顔を思い出せない。でも彼女の話は強烈に残っている。
 戦争を知る世代がいなくなるというのは、本当に日本の損失なのだ。

 

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